金髪美女「凡庸な男がワインテイスティングしていたら惚れると思うの」
テイスティングとは、女子会のようなものよ。
ワインは、そこでは、本音をさらけ出すことができるの。
金髪美女
(*画像はイメージです)
ある夏のからっと晴れた日、僕は大学のキャンパスにある噴水に腰掛け、本を読んでいた。すると、金髪の美女がこちらにやってきて僕の前に立った。すらりとした鼻に、林檎のように真っ赤な唇。二つの大きな青い目は、研ぎ澄まされたサファイアを思い出させた。
「凡庸な男がワインテイスティングをしていたら惚れると思うのよね」
彼女はそれだけを呟くと、回れ右をしてどこかへ歩いていってしまった。僕が数秒間呆然としていると、いつの間にか手から本がこぼれ落ちていた。あたりには噴水の音だけが響いている。
「何がどうあっても、ワインテイスティングをしなければならない」
僕は小走りで自宅に向かう。その時、すでにワイングラスは腕のなかに心地よく収まっていた。
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テイスティングとはなにか?
テイスティングというと、胡散臭そうな30代の男が、女性とイタリアンレストランでディナーをするときに格好つけてワイングラスを回しているイメージしかない。
僕は空のワイングラスを宙で回しながらテイスティングの意味について考えていた。あれはただの格好だけではないのか…?
「違うわ」
背後から女の声がして振り向くと、さっきの彼女であった。金髪に日光をたくわえこんでいて、僕はそれをまばゆい後光に感じた。
「テイスティングをすることで、ワインは本来の姿をさらけ出すの」
「どういうことですか?」
「グラスを回して、ワインを空気に触れさせて、酸化させるのよ。匂いや味がまるで変わるわ」
「じゃあ、ワインは、自分を偽ってるってことですか?」
「そうよ。誰だって生きるために偽っている。でもどこかで息抜きをしないといけない。テイスティングはワインにとって、女子会のようなものなのかもしれないわ」
ワインテイスティングはどうやってするの?
1.色を見る
彼女は赤ワインを僕のグラスに注ぐ。
「グラスを45度くらい傾けてみて。それで、下が白いところにワインをかざしてみる」
「どこを見ればいいんですか?」
「まずはワインの縁を見てみなさい。それだけでいいわ」
「きれいな赤色ですね」
「そんなのじゃ駄目よ。赤色にもたくさんの色がある。ガーネットやルビー色、もしかしたら紫も混じっているかもしれない」
「確かに。言われてみれば、赤紫色っぽいですね、これ」
「熟成された赤ワインほど、レンガのような赤色を帯びるの。白ワインは、薄黄色から、麦のような色になっていくわ」
「ならこのワインは、まだ若いんですね。」
「あとは、ワインの輝きや、澄んでいるか、濁っていないかも確認するわね。輝いていたり、澄んでいるほうが、ワインは新鮮な状態を保っているといえるわ」
2.回してみる
「回さないように、一度匂いを嗅いでみなさい」
「そんなに匂いがしません」
「そうね、回して空気に触れさせる前には、あまり匂いがたたないわ。それでもすこしは何か感じると思うけど」
僕は嗅いでみる。それでも匂いを感じとることはできなかった。
「いいわ。回してみなさい」
僕は慣れない手つきで、グラスを時計回りに回してみる。
「違うわ。左回しよ」
「なんでですか?時計回りのほうが回しやすいじゃないですか」
「回しやすいから駄目なのよ。駄目。力が入りやすいと、遠心力がかかって、ワインがグラスから飛び出してしまうのよ」
「なるほど。じゃあ左利きの人は右回しなんですね」
僕は反時計回りでグラスを回しはじめる。彼女はその間なにもいわず、ただその回転を眺めている。
「グラスの側面をみてみなさい」
ひととおり回し終えると、彼女はそういった。言葉通りにグラスの側面をみてみると、赤ワインを回した跡がべっとりとついていて、数本の線となりゆっくり落ちてきている。
「これで粘度というものが判るのよ。粘度は、ワインの含んでいる糖やアルコールの多さをあらわしているの」
「粘度が高いほうが、アルコールが高いんですね」
「そうよ。粘度が高いほど、この線がはっきりしてくる。これをワインの『脚』や、『涙』というのよ」
3.においを嗅ぐ
「匂いは大切よ。テイスティングの85%は匂いを嗅ぐことにあるといっても差し支えないわね」
僕は匂いを嗅いでみる。
「赤ワインの、強い匂いです。酔っちゃいますね」
「それだけ?果物の熟れた匂いや、花やハーブのにおい、土のにおいはしないの?」
彼女を失望させまいと、僕は必死に嗅覚を澄ませるけれども、どんなにおいも、言葉にでてこない。
「私には、若いチェリーの匂いと、マッシュルームのような深いものを感じる。ハラペーニョのような、スパイシーな香りも、少ししない?」
僕にはまるで分からなかった。それと同時に、彼女の嗅覚の繊細さを羨んだ。彼女と僕は、まるきりちがう世界に生きているみたいだ。
4.味わってみる
「お待ちかね」と彼女は言った。僕はグラスを口に持っていき、軽くすする。渋い、と思ったあとに、すごく酸っぱい。
「酸味はどれくらい?」
「酸っぱいです」
「もっと詳しく、具体的に」
「とても酸っぱいです」
「きっとハイかミディアム・ハイといったところかしら。あなたの舌が確かならば。甘さは?」
「感じませんでした」
「辛口ね。甘いと感じるワインもあるわ。それと、辛口と甘口のおよそ中間くらいのオフ・ドライなんてのもある」
「一口飲んだだけで、胃がカーッと熱くなりました」
「アルコールね。高いか低いかで判断するの。このワインは、ミディアムからハイ。アルコールの低いワインでないことは確かね。基本的には、酸味、甘さ、アルコールで味を判断するのよ」
まとめ
「これが、ワインテイスティングのそれなりの手順よ。見た目、匂い、味を楽しむ。飲むことだけが、ワインじゃないわ」
僕は、グラスに注がれた赤ワインを飲み干しただけで、すぐに酔っ払ってしまった。
「僕はもうちょっと、繊細になれるでしょうか?」
「心配する必要はないわ。最初はだれだってそんなものよ」
「でも、全くわかりませんでした。チェリーや、マッシュルームがちょっと加わってるなんて」
その言葉が、彼女の雰囲気を一変させた。あたたかな慈しみは、急に凍りついた。
「もしかして、あなた、ワインのことを知らないの?」
「ワイン、お酒なのは知ってますけど」
「それじゃあ、惚れられないわね」
彼女は持っていたグラスを机のうえに置くと、そのまま部屋の入り口のほうへ行ってしまった。
「次は、ワインに詳しくなることね」
去り際にそれだけを言い、彼女はいなくなった。赤ワインの渋みだけが僕には残った。
ワインの違いについてはこちらで解説!
第3話です。